Boris Veisbrot(32cm×28cm 画用紙)

彼の名はボリス・ヴェスブロ(Boris Veisbrot)。フランス・リモージュの七宝焼職人(émailleur)です。私は数あるリモージュの七宝焼店のなかでも、ユニークで魅力的な作品が並ぶ彼のお店(兼アトリエ)が一番好きでした。


半ば引きこもりだった留学時代、寮から近かったボリスのお店によく行きました。彼はクラシック音楽が流れるラジオ番組をいつも聴いていて、私が店内に入ると「おや、また来たかい」と招き入れ、いつもお皿に入っているレーズンを「体にいいから食べなさい」とすすめて、ひたすら話をしてくれました。もちろん私はほとんど理解できていません。わかるところだけ適当に Oui,Oui と相槌を打っていただけでした。


そんな懐かしい会話を、実は一度カセットテープに録音したことがあるのです。職人ボリスへのインタビュー。職人になるまでの経緯、七宝焼の技法、美しさとは何か……ボリスは誇らしげに語り尽くした後、インタビューは私に向けられ、私は彼の質問(フランスと日本の違いについて)にたどたどしく答えていました。最後のほうで、私は変な質問をしていました。「どうして耳毛があるの?」「そんなところに目をつけたかい、お嬢さん(笑)」


私はそんなボリスに会いたくても、もう会えませんでした。再びリモージュを訪れたとき、お店がなくなっていました。自宅にもいなかったので不安に駆られ、役所に訊きに行ったら、ボリスは亡くなったと告げられました。その場で泣いてしまった私に、意地悪そうな役所のおばさんがティッシュを差し出し、「C’est la vie(これが人生よ)」と言いました。