弘前ねぷた

昔のブログに書いていた弘前ねぷたに関する記事です。当時と変わらない気持ちはそのままに、そして現在考えていることも追加した改訂版です。もう何年もこの時季の帰省を逃しているので、本当は今日にでも観に行って書けばもっと実感のこもった文章になると思うのですが(また違った見方になるかもしれません)、とりあえず遠くから今思うことを熱弁いたします。長いですよ(笑)

私の故郷、弘前では、今日からねぷたまつりが始まります(8月1日~7日)。1週間にもわたり毎夜方々からねぷた囃子が聞こえ、勇壮なねぷたが城下町を練り歩きます。

私が弘前ねぷたを誇らしく思うのは、市民の心意気が祭りを継続させていることにあります。企業の出すものは少なく、基本的に町会単位でねぷたを作ります。子供たちも密に関わりながら祭りが受け継がれているのは城下町ならでは。しかも大小80台余りものねぷたが出るんですよ!

弘前ねぷたは、皆さんご存知の青森ねぶた(8月2日~7日)とはまったく違うものです。両者の祭りの由来や解釈を説明するとさらに長くなるので省略します。ネット検索すればいくらでも調べられますので。ここでは簡単に一目瞭然の違いだけ。

青森は「ねぶた」と呼ぶ。形は人形。掛け声は「ラッセラー」(お囃子も固有)。運行はハネト(跳人)が飛び跳ねて踊る。

弘前は「ねぷた」と呼ぶ。形は扇で表と裏に絵。掛け声は「ヤーヤドー」(お囃子も固有)。運行は秩序ある行進。

青森ねぶたは全国各地で見られる神輿のように「ワッショイ」系で、ねぶたの周りにエキサイトする参加者がいて、その周りに観覧者がいる、いわば<円>。弘前ねぷたは厳かで、泰然たる川のように流れ進むねぷたと参加者、それを仰ぎ見る観覧者は<線>上にあります。弘前ねぷたは「絵を魅せる、観る」祭りなのだと私は思います。

弘前は、各町会にお抱えの絵師がいます。この町、この絵師は、今年はどんなねぷたを出すのかと、皆楽しみにしています。動く芸術作品は競い合い、僅か1週間で燃え尽きるのです。(保存しているものもあると思いますが、風習通りなら7日目に燃やすので本当に儚いです。)


ここでねぷた絵について少しお話します。扇形のねぷたの表は「鏡絵」といい、三国志や水滸伝などの勇壮な武者絵が描かれ、裏は「見送り絵」といい、妖艶で幽玄な女性が描かれます。実は表も裏もほぼ怖い絵。「鏡絵」は流血の戦の場面が主で、えぐられた目が飛び出ていたり、真っ青な生首がポーンと飛んでいたりします。「見送り絵」は美女かと思いきや幽霊だったり、自ら刀で切り落とした男の生首を持って立つ女傑だったりします。武士がいた街に好まれた題材なのでしょうか。でも、ただ恐ろしいのではなく、それを上回る絵の美しさがあるのです。内側から照らし出される光と色の効果も相まって素晴らしい。

恐ろしいものを目に焼き付ける、おどろおどろしさのなかにも美を感じる、弘前で生まれ育った人は、そういった感覚をDNAのように植え付けられているような気がします。私は、ねぷたの個性が光る「見送り絵」を観るのが大好きです。「弘前ねぷた」「見送り絵」でネット検索するとざっと画像が見られますのでご覧ください。「鏡絵」も見られます。

あぁ……近年よくあることなので少々危惧しているのですが、子供の教育に悪いとかで何もかも安易につまらなくしないで欲しい。そんなことを言う市民がいないことを祈ります。弘前ねぷたから残酷さがなくなったら終わりだ。


あくまで私が故郷に感じることですが、この街は(都会の人が田舎にイメージする)のんびりとした温かさというよりも、凛とした厳しさのある街だと思います。各々のわきまえや秩序、礼儀、美徳、誇り……などといったものが、脈々と根底に流れているような気がするのです。これは決して窮屈なことと私は思いません。心に留めておきたい大事な精神と考えます。 弘前ねぷたには、これらの精神が凝縮されていると思うのは私だけでしょうか。

先頭を切る大太鼓が胸を打ち、ねぷた囃子と「ヤーヤドー!」という掛け声とともに、闇夜に浮かぶねぷたがゆっくりと目の前を通り過ぎるとき、私は涙をこらえるのに必死です。なぜ自分は弘前を離れ、何もしないで観光客のように観ているのか……。この街に生き、これほどの素晴らしい祭りを守り続けている弘前市民に敬服するばかりです。


弘前の夜を、赤く熱い一筋の動脈のように流れる何十台ものねぷたは、各々の町に別れて眠りに着きます。

「ねーぷたーのーもんどり(戻り)こー」

絵里子画廊

工藤絵里子 作品と仕事

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